「緑の保全活動を支える市民の力」

荻野 豊(公益財団法人 トトロのふるさと基金 事務局長)

開発の波にさらされた「トトロのふるさと」

東京都と埼玉県にまたがる狭山丘陵は、映画「となりのトトロ」のモデルの一つと言われる、武蔵野の風景が色濃く残ったところです。古くから人と自然の調和がとれた里山が広がっていましたが、都心から40キロの距離にあるため、宅地やゴルフ場などの開発の波が次々と押し寄せました。私は狭山丘陵の麓に生まれ育ちましたが、その変貌にはすさまじいものがありました。最後の大規模開発として早稲田大学の建設計画が持ち上がった時、このままだと狭山丘陵がなくなってしまうと、かなり強い反対運動が起こりました。埼玉県のエリアだったので、県知事に仲介をお願いして、大学の建設は了解するが、これ以外の大きな開発はしないということに落ち着きました。安心したのもつかのま、今度は都内の建設残土の埋め立てやゴミの不法投棄などが日常茶飯事となり、里山の景色がどんどん消えていったのです。大規模開発についてはある程度の対処ができましたが、小さな開発は行政でも中々手が届きません。

狭山丘陵で見られる様々な生き物たち

  • 〈カヤネズミの巣〉
  • 〈ルリタテハ〉
  • 〈チゴユリ〉

市民によるナショナル・トラスト活動を開始

そこで私たちは市民の力で何とかしようと、1990年、仲間と一緒に「トトロのふるさと基金委員会」という任意団体を設立。ナショナル・トラスト活動に踏み込んでいきました。今考えるとかなり無謀な試みでしたが、なんとかしなければという一心でした。幸い、宮崎駿さんとスタジオジブリさんからご理解、ご承認をいただき、「トトロ」という名前とイラストレーションを使うことができたので、大きな反響を呼び、特に子ども達からは「クラスで空き缶を拾って集めて作ったお金です」といった寄付が多数寄せられました。

寄付金が少しずつ集まったので、なんとかトトロの森を実現したいと地権者さんと交渉したのですが、当時は土地神話が根強く、土地を手放すことは全く考えられない、ましてやよく分からないグループに売るなんて、という時代。お願いに行っては門前払いをくらう、ということがずっと続いていたのですが、ようやく91年の8月に、墓地開発計画にさらされた雑木林の隣接地を約1000㎡を購入することができました。取得交渉の段階から地元の所沢市に協力を依頼し、幸い当時の担当者と市長さんのご理解をいただき、私達がこの森(トトロの森1号地)を購入してから1年後には墓地開発計画が取り下げられ、業者が持っていた土地は所沢市が全て購入。私達が1000㎡、所沢市が4000㎡近くの土地を取得しました。またその2年後には、埼玉県が県の緑の基金を使って周辺の土地を購入。私達のような市民団体が投げた小石の波紋が、所沢市、埼玉県と広がり、多くの市民に愛される広大な緑地を残すことができたのです。

相続税問題に解決策を提示

その5年後に取得したトトロの森2号地は、本当は売りたくないが売らなければ相続税が払えない、という状況で地権者さんから相談がありました。この時は、私達が相続対象地の1部を取得、残った雑木林を3つに分け、1つは所沢市が購入。ほぼ同面積の土地を地権者さんが所沢市に寄付。最後の土地は地権者さんがそのまま保全をする、という約束をすることで、相続の対象となった全ての雑木林を残すことができました。このようにできるだけ沢山の緑地を残していくためには、市民団体だけでは限界があり、多くの関係機関との情報交換や協力が不可欠です。現在、トトロの森は所沢市内に14ヶ所、総面積で2.6haの緑地がありますが、広大な狭山丘陵からみるとごく一部でしかありません。

7年前には丘陵の近くにある築100年を超える古民家を取得。「クロスケの家」と名づけました。緑だけでなく、その地域に伝わる文化や習慣、伝統的で持続可能な生活スタイルも残していけたら。そう考えて、地域に伝わる昔話などの伝承や製茶体験など、様々な活動を展開しています。今年の4月には、公益財団法人に移行し、名称を「公益財団法人 トトロのふるさと基金」に変更。ナショナル・トラスト活動を中心とした事業体系とし、「クロスケの家」に事務所をおきました。これまでに集まった寄付金は4億円を超え、ナショナル・トラスト活動の他にも、取得した雑木林の保全管理や里山の復元、動植物の調査研究、子ども達への環境教育活動などを実施。行政への提言やトトログッズの販売なども行っています。


〈クロスケの家〉

菩提樹池と田んぼのある里山を復元

所沢市山口にある菩提樹池の保全にも取り組みました。昔は下流に田んぼがある農業用の溜め池でしたが、99年当時、下流で水を使うことがなくなったために土砂などで埋まり、葦などがはえた、池とは名ばかりの荒れ地となっていました。とにかく池らしくしたい!と所有者であった市に了解をとり、トトロのふるさと基金と地元で自然観察を行っている「山口の自然に親しむ会」が協力して整備を開始。ようやく池らしくなり、菩提樹池の下流にある休耕田も現在では見事な田んぼによみがえっています。

池と田んぼ、小川、湿地、広大な雑木林などを丸ごと残したいという思いでスタートした取り組みはさらに広がりを見せ、トトロと田んぼグループと自然観察グループ、地元の自治会長、埼玉県知事、所沢市長、西武鉄道株式会社とが保全協定を締結。それぞれの役割分担を定め、保全の活動を行っています。私達はこのように沢山の方々から支援をいただきながら活動しています。21年間の活動の中で、変わったと思うのは、あれほど強かった土地神話が崩れ、森を持っていても負担がかかるだけだと思っている地権者が増えたこと。私達としてはもっとたくさんの森を取得し、いい里山として未来に残していきたいと思っています。

〈14ヶ所のトトロの森〉(*2011年8月時点での情報です。現在は15ヶ所。)